前回の『アライアンス(提携)契約と知財戦略①』の続きです。

今日は、契約条件の形式的な(若しくは、文言上の)公平性に惑わされずに、事業戦略や事業計画を実現するための契約書を作成し、レビューするためには、どのように考えていくのが良いか、というお話です。


まず、知財に関する契約書の作成・レビューをするためには、知財戦略の理解が不可欠だと思います。
知財戦略を理解することなく、戦術レベルである知財に関する契約書の作成・レビューをしても、戦略との関係で正しいかどうかを判断することはできません*1
そして、知財戦略を理解するためには、事業戦略を理解する必要があります。このことは、『三位一体の戦略』において、事業戦略と知財戦略の関係について説明したとおりです。

そうすると、知財に関する契約書の作成・レビューをする際の基本的な考え方は、
『事業戦略に合った知財戦略を構築し、これを理解した上で契約書の作成・レビューをする。』
ということになります。*2

従って、まず最初にすべきことは、事業戦略の確認とその理解です。
事業戦略の確認と言っても、そんなに難しい話ではありません。その事業が目指している目的、何を得ようとしているのか、どんな計画で進めようとしているのか、そういったことをヒアリングしましょう、ということです。

改めて今回の事例をおさらいすると、
あなたは、研究開発を中心に行っているベンチャー企業X社の契約担当者です。
X社は、従来はなかった素材A*3の研究開発の成果として、この素材A単体で一応の特性データ等を得ました。
ただ、この素材Aを実用化するためには、実際に素材Aを完成品B等に使用して、各種のテストを行い、その特性や耐久データ等を取得し、それをフィードバックして素材Aの最終調整をすることが必要です。
そこで、X社は完成品Bを製造する大手完成品メーカーであるY社に共同開発研究を申し入れることを検討しています。
というケースになります。

このようなケースにおいては、例えば、
① X社は、Y社と組んで素材Aを使った完成品Bを販売することだけが最終目的なのか?
② Y社の競合であるZ社と提携して、素材Aを使った完成品Cを販売する可能性はあるのか?*4
③ 素材Aの性能や品質が良く、素材Aを使用した完成品Bの売れ行きが良い場合は、Y社の競合である他の完成品メーカーにもライセンスをすることは考えているのか?
④ 素材Aは、他の事業領域で活用することは可能か?
⑤ 海外展開の可能性はあるのか?海外の完成品メーカーとアライアンスを組んで、海外で販売する可能性はあるのか?
⑥ Y社の競合である他の完成品メーカーに素材Aを提供することになった場合、X社単独で、素材Aを供給することができるだけの生産能力があるのか?
といったようなヒアリング*5をする必要があると思います。

上記のようなヒアリングの結果、例えば、自社の事業戦略が、研究開発後の素材A’については、
〇 独占・非独占については、非独占契約とする。
〇 事業領域については、Y社との関係では、完成品Bの事業領域に限定する。
〇 海外展開については、Y社が強い地域については、許諾を与える。
〇 生産能力については、完成品Bの事業領域だけであれば、Y社の競合である他の完成品メーカーへの対応は一応可能だが、別の事業領域(完成品B以外)を含めると生産の委託等が必要。
というものになっていたとします。

そうなると、前回示した
① お互いに開示された情報は全て秘密情報とする。公知情報については秘密保持義務を負わない等の典型的な除外規定を設ける。秘密情報開示には、相手方の承諾を必要とする。
② 単独で発明等をなした場合は、発明等をなした者に権利は帰属する。共同で発明等をなした場合は、権利は共有とし、両当事者に権利は帰属する。
③ もし先方が研究開発後の共同事業において、素材Aについて独占的な実施許諾を求めてきた場合は、ミニマムロイヤリティを得られる契約条件を設ける。
という契約条件では、
上記の事業計画を実現する際に、別途、Y社から承諾を得るか、覚書を交わすかなどの対応が必要になる可能性があり、もし、Y社がこれを承諾しなければ、このような契約条件が足かせとなって自社の事業が計画どおりに進められないことになる可能性があります。

つまり、上記のような契約条件ですと、非独占の契約を締結すべきなのに、上記③のように、Y社が独占契約を求めたからといってミニマムロイヤリティを得られることだけを条件に独占契約にしてしまうと、第三者(「Z社等Y社の競合」以下同じ。)にライセンスできなくなったり、仮に、非独占契約にした場合でも、①共同研究開発時に生まれたノウハウが秘密保持義務により第三者に開示ができなかったり、②共有の特許権を第三者に実施許諾するための同意をY社から得られず、結局、非独占契約の効果をX社が享受できなかったりする可能性があるわけです。

~ つづく ~


<脚注>
*1 どなたの言葉か知りませんが、『戦略なき戦術は、無意味である。』とは良く言ったものです。他にも、『戦略なき戦術は、カオスである。』という言葉もあるようです。
*2 ここまでのお話は、知財部員(や知財担当者)であれば、当たり前の話に聞こえると思いますが、今回お話をするレベルのことが実際にできている法務担当者というのは意外に少ないものです。こういうところにも法務部員と知財部員の(大きな?)違いがあたっりもします。
*3 今回は、「素材A」としましたが、これは皆さんが所属する企業の事業に合わせて適宜読み替えて頂ければと思います。例えば、部品、化合物、電子機器、プログラム等です。
*4 Y社で実績を積んで、それをもとに業界最大手のZ社とできるだけ良い条件でアライアンスを組むとか、Y社の完成品Bよりも市場の大きい別の完成品の事業領域で、W社とアライアンスを組むということが事業戦略になっているかもしれません。
*5 確認すべきポイントを要約すると、①Y社と組む目的は何か?②その目的を達成するためには、独占契約が良いのか、非独占契約が良いのか?③事業領域を限定する必要があるか?④海外展開の可能性は?⑤生産が必要な場合、自社の生産能力は十分か?(他社に生産してもらう必要があるか?)と言ったところでしょうか。