前回の『企業の知的財産部の仕事内容について④ 知財系法務部員①/知財関連契約担当編』では、「物のパブリシティ権」に関する最高裁判決をどのように活かして事業戦略を立案し、立案した事業戦略に合った知財戦略を構築し、これらを踏まえた契約書の作成・レビューをする必要がある、という話をしました。
今日は、もう一つ知財系契約法務担当者の能力(経験?)の違いが現れる具体例について考えて行きたいと思います。

<事例>
あなたは、研究開発を中心に行っているベンチャー企業X社の契約担当者です。
X社は、これまでにはなかった素材A*1の研究開発の成果として、この素材A単体で一応の特性データ等を得ました。
ただ、この素材Aを実用化するためには、実際に素材Aを完成品B等に使用して、各種のテストを行い、その特性や耐久データ等を取得し、それをフィードバックして素材Aの最終調整をすることが必要です。
そこで、X社は完成品Bを製造する大手完成品メーカーであるY社に共同開発研究を申し入れることを検討しています。

このような状況において、X社の契約担当者であるあなたは、どのような条件の共同研究開発契約および共同事業契約を作成しますか?*2

お金に関する条項や契約の終了に関する条項といった契約一般で重視すべき点は別にして、それなりに経験のある契約担当者であれば、少なくとも、
① 秘密保持義務は、お互いにきちんと秘密を守る条件にする。
② 共同研究開発の成果をできるだけ自社に有利又は契約当事者に公平に帰属する条件にする。
③ 共同事業契約において、X社の素材AをY社に独占的に供給するのか、非独占的に供給するのか。
④ 独占的に供給する場合は、ミニマムロイヤリティ等の条件を設ける。*3
といった点を検討するように思います。

そして、以下のような契約条件の契約書を作ることも多いのではないでしょうか。
① 開示された情報は全て秘密情報とする。公知情報については秘密保持義務を負わない等の典型的な除外規定を設ける。秘密情報の開示には、相手方の承諾を必要とする。
② 単独で発明等をなした場合は、発明等をなした者に権利は帰属する。共同で発明等をなした場合は、権利は共有とし、両当事者に権利は帰属する。
③ もし先方が研究開発後の共同事業において、素材Aについて独占的な実施許諾を求めてきた場合は、ミニマムロイヤリティを得られる契約条件を設ける。

さて、このような契約条件であれば、両当事者に公平なものなので、「良い契約書」(少なくとも、「悪い契約書」ではない)と言えるでしょうか?

答えは、正確には、「良いか悪いか、これだけでは判断はできない。」ということになります。
ただ、良いか悪いか判断ができない以上、それだけで「悪い契約」
ということもできるように思います。

例えば、公平(そう)という理由で、『共同で発明等をなした場合は、権利は共有』という契約条件を考えているとのことですが、そもそもこの契約条件の具体的な効果、というか帰結をどのくらい理解しているのか?という問題があります。
具体的には、知的財産法に関する基礎的な知識があることを前提とした考えであるかを検証するために、自己実施と他者への実施許諾をするために他の共有者の同意が必要かを確認しても良いと思います。
ちなみに、参考までに、日本、米国、中国の特許法と日本の著作権法の自己利用と他社への利用許諾の条件について整理をしてみました。

   自己実施(利用)  他者への実施(利用)許諾 
特許法(日本)  不要 必要 
特許法(米国) 不要 不要 
特許法(中国) 不要 不要*4 
著作権法(日本) 合意要 合意要 

このような違いがあるにもかかわらず、単に権利の帰属(取得)の局面だけをみて、公平という観点から権利の帰属を共有とする、だけで良いのでしょうか*5

それでは、どのように考え、どのような契約条件とすべきだったのでしょうか。

~ つづく ~


<脚注>
*1 今回は、「素材A」としましたが、これは皆さんが所属する企業の事業に合わせて適宜読み替えて頂ければと思います。例えば、部品、化合物、電子機器、プログラム等です。
*2 実際は、共同研究開発契約の前に、秘密保持契約を締結すると思いますが、今回は、それは既に締結されているものとして、共同研究開発契約から検討してみたいと思います。
*3 契約経験1~2年程度でも、きちんと勉強をされている方は、このような条項を設けることはできると思います。基本的には、専門書を読めば書いてあるレベルだからです。ただ、「本に書いてあり、それを読んだからできる。」ということは、本に書いていないことはできない可能性があり、本を買って読みさえすればできてしまうことでは、他の契約担当者と差別化することは難しくなる気がしています。
*4 但し、契約に定めがない場合、第三者から受け取った実施料を共有者に分配する必要があります。
*5 もちろん、この答えは、前述のとおり、正確には、「良いか悪いかこれだけでは判断はできない。」ということになるわけですが、まぁ、それだけでも「悪い契約」ということになるように思います。という点も、前述のとおりです。