前回に続いて、「テクニカルシンギュラリティと契約法務」についてです。
もしも予想通りに、2045年に、人工知能の能力が人類を上回るという「テクニカルシンギュラリティ」が来たとして、そのとき契約法務の仕事はどうなってしまうのでしょうか。


「テクニカルシンギュラリティ」が来た場合、人工知能の能力が人類を上回る以上、「人間が契約書を作って、契約交渉をして、妥協(?)して契約条件を受け入れて、契約を締結する」よりも、「コンピューター同士がビジネスのシミュレーションをして、それをもとに契約交渉をして、合理的(?)な判断(?)に基づいて契約条件を受け入れて、契約を締結するようになる」というのが、ロジカルな結論だと思うので、そうなると、契約書を作成するという法務部員の仕事はなくなる、という結論になるのかなと思います。

でも、その場合の人工知能は、合理的で論理的な判断以外の判断ができるようになっている必要があると思います。

というのも、「経営」は、全て合理的で論理的な判断によって行なわれるべきものではない、と思うからです。
つまり、「経営」が本当に合理的で論理的な判断だけに基づくものであれば、基本的には、合理的に考えた結果は同じ結論になるわけですが、そうなると「経営戦略」のもっとも重要な「差別化」ができない経営をすることになります。
確かに、置かれた立場の違い、例えば、あるビジネスを始めるタイミングの違いとか、資金力の違いといった条件に差がある場合もあるとは思いますが、その場合でも、その差を踏まえて合理的で論理的な判断に基づく経営戦略や事業戦略を採用することになると思いますので、やはりここでも皆と同じ結論になるはずです。
そして、その結論に基づいて皆が同じ行動をとり、競争相手はそれを前提にした行動(対応)をとるわけですから、結局のところ「差別化」はできないことになります。
「差別化」ができない、つまり差がつかないとなると、差を埋めることもできないため、逆転できないということになり、そもそも競争を覆すことができず、人類より賢いコンピューターは、競争をやめてしまうのではないでしょうか。
具体的には、吸収合併されてしまうとか、買収されてしまうとか、若しくはビジネスそのものをやめてしまうという判断をするのではないでしょうか。

そのころの独禁法がどんな法律になっているか?という興味深い論点もありますが、この点はさておき、別の考え方として、もしかると設定された目的が違えば、その目的との関係で何が合理的かは変わる気がするので、その場合は合理的で論理的な判断をしても同じ結論にはならない可能性があります。
その場合は、テクニカルシンギュラリティがきても、それぞれの人工知能が自らそれぞれの目的を設定して、その目的との関係で、合理的に論理的に考えて、その結果に応じた他とは異なる行動をとる可能性があり、「差別化」ができる可能性はあります。

そうすると、例えば、企業(=人工知能)が自ら設定した目的、つまり、その企業が世の中で実現したい価値が何かを決めて、その価値が実現されるように、そして、それを継続的に実現する企業の経営計画(ないしは、事業計画)が実現されるように、契約担当コンピューターは、何通りあるかは分からないけど、ノイズも含めた契約文言というビックデータの中から、目的との関係や契約交渉の相手方の企業(コンピューター?)との関係等をシミュレーションして、もっとも目的を達成できる可能性の高い契約文言を選択し、相手方の企業(契約担当コンピュータ)と交渉するようになるのでしょうか?

このように自ら目的を設定することができる人工知能が誕生した場合、前回書いたとおり、私の基本的な考え方である、
企業法務部&知的財産部の存在意義と役割、すなわち企業法務部は法律や法制度を使って、知的財産部は知的財産法や知的財産制度を使って、定性的な観点からは『企業が世の中で実現したい価値が実現されるようにすること。』、定量的な観点からは『企業の経営計画(ないしは、事業計画)が実現されるようにすること。』を人工知能が行うことができるようになるため、人類以上の業績を残すことができる気がします。
契約法務においても同じように、「企業が世の中で実現したい価値が実現されるようにするため、経営戦略や事業戦略を実現するため」ということを、人工知能が人類以上に合理的に、そして論理的に行いそうな気がします。

ただ、前述のとおり、「目的」は「価値観」に置き換えることができます。
その結果、人工知能の能力が人類を上回るというよりは、人間と同じ能力を獲得する、という結論になる気もします・・・。
つまり、人工知能が自ら設定した価値観に基づいて判断をするようになるということは、設定した価値観によっては人間のように悩み、迷走するみたいなことがあるように思います。

もちろん、人工知能は、人類以上に合理的で論理的な判断する能力が優れていることになるでしょうから、「経営」や「契約法務」に携わる人工知能の出現によって、(人類と質的に異なるというよりは)相対的に優秀(極めて優秀?)な契約担当者の層が厚くなるという、契約書を作成する法務部員には、やめて欲しくなるような未来が待っている気がします。。。

2045年ですか・・・。早まらないで欲しいですね。。。早まらなければ、ぎりぎり引退していそうです(笑)。

~ つづく ~