前回、企業における知財の仕事としてサーチャーのお話をしましたが、今日は、知財戦略系の仕事についてお話をしたいと思います。
通常、これまでは知的財産部の部課長クラスや知的財産部の知財戦略チーム、事業部門、研究開発部門のチームが仕事内容を言語化、見える化することなく行ってきた仕事でもあります。


当たり前の話ではありますが、企業活動において経営戦略や事業戦略は非常に重要です。
本来、企業における知的財産業務は、企業内の仕事である以上、経営戦略や事業戦略に貢献するために行うものです。
ですが、色々と理由があって、これまでなかなか上手く行っていなかったのが、大多数の企業の実情です。

そのような反省も踏まえて、ここ5年くらいは、知財戦略業務を言語化し、見える化して、企業における知的財産業務の重要な柱の一つとして明確に位置付ける企業が徐々に増えてきていると思います。
このような時代背景もあって、知的財産教育協会が、知的財産アナリストという資格制度を創設し、認定講座を開催しています。
知的財産アナリストという資格名称があり、また、知的財産に関する調査業務を行う人をサーチャー、発明発掘・権利化業務を行う人をリエゾンと呼びますので、(なんで横文字?とい疑問はさておき(笑))ここでは知財戦略系の業務を行う人を、知的財産アナリストまたは知的財産ストラテジストと呼びたいと思います。

そして、まずは、この知的財産教育協会の知的財産アナリストをとおして、企業における知財戦略系の仕事についてお話をしたいと思います。
知的財産教育協会が定義する知的財産アナリストとは、『「経営」と「知的財産」の双方を理解し、架橋する高度専門職』とされています。
より具体的には、知的財産アナリストとは、企業経営・ファイナンス・知的財産に関する専門知識を有し、国内外の他社・自社の各種知的財産関連情報の収集・分析・評価・加工、知的財産あるいは企業の価値評価等を通じて、企業の戦略的経営に資する情報を提供できる特殊スキルを持つ職種のことをいう、としています。
なんか凄いですね(笑)。
でも、要するに、「経営」と「知的財産」の間、言い換えればジェネラリストの「経営陣」とスペシャリスト集団の「知的財産部門」のギャップを埋めるインターフェースとなり、「経営」と「知的財産」の連動を促進する重要な役割を担う、というのがその仕事内容になります。

何故このような業務が近年重要視されているかといいますと、スペシャリスト集団の「知的財産部門」とありますが、まさにここが企業における知的財産部の、知的財産業務の難しいところでして、法務部とはまた違った意味で、その業務が企業内で理解されない、理解されにくい原因になっています。
前回お話をしたサーチャーも、次回お話をする予定の権利化担当(リエゾン)も、高度な専門性が要求される本当にスペシャリストな職人的な仕事なのです。
そして、一般論として、スペシャリストな職人的な仕事が好きな人は、コミュニケーションが苦手というか、人前で色々と話をしたり、説明したりするのが好きではない人が多いように思います。
そのため、知的財産部の活動や業務内容といった情報が経営者に届かず、逆に知的財産業務の担当者はもちろんのこと知的財産部門のトップにも経営者の問題意識や経営課題が伝わらない、ということがよくあるわけです。
その結果、組織の名称は、知的財産部なのに、特許出願とその権利化を行うという極めて業務範囲の狭い部署となり、経営課題から離れて、特許の出願件数と権利化数のみが、知的財産部の目標となっていくことがよくあります。
そして、件数のために、実際にはビジネスで使用しない、役に立たない特許を出願し、その発明者に報奨金を支払い、審査請求し、権利化された後は維持費を払い、つまり種々の費用をかけて経営を圧迫していきます。
さらに悪いことには、件数のために、本来ならノウハウとして秘匿すべき技術も特許出願して公開してしまい、ビジネスが急速に競争力を失って行くこともあります。

これを経営者側から見ると、新聞記事とか有識者のコメント等から、21世紀の企業経営で知的財産が重要、という認識は持てても、そこから先の話が続かず、当社の知的財産部は、どんな業務をしているんだ?一体何をしているんだ?となってしまい、挙句の果てに「知的財産部の業務が経営に貢献していない。予算を削れ。」と言われてしまったりするのです。

そこで、このような隙間を埋める仕事が、最近重視されている知財戦略系の業務になります。つまり、自身が一流のサーチャーや権利化担当(リエゾン)でなくても、サーチャーや権利化担当(リエゾン)の業務を理解した上で、経営戦略や事業戦略に関する素養を持ち、経営課題について、知的財産がどのように経営に貢献できるか、或はどのように経営に貢献していくかを経営者に対して、現状を分析し、評価した上で説明し、施策を提案し、実施する、という仕事です。
もう少し柔らかく言うと、経営者と話ができる人、経営者に、企業における知的財産活動の重要性を認識して頂くための説明ができ、さらには、必要な予算や人員を確保する、という仕事です。
なお、企業の大きさにもよりますが、知的財産アナリストとか、知的財産ストラテジストという名称がいかにもスペシャリスト的に響き、なんとなく知的なイメージをもたれるかもしれませんが、これに惹かれて、人に話をすることや交渉事といったいわゆる泥臭いことが好きでない方は、この仕事を希望してはいけません(笑)。
ジェネラリストとスペシャリストの溝を埋めるという仕事ですので、コミュニケーション能力が高く、対人関係を上手に築ける(ちょっとくらい図太い)人でないと、かなりきつい仕事です(ただし、後述の戦略系スタッフ業務は少し違うと思います)。

また、知的財産教育協会の説明によると、知的財産アナリストの具体的な仕事として以下のものが挙げられています。
○ マーケットトレンド、技術情報(特許、文献)、製品等の各種情報から企業(競業他社)の今後の動向・戦略を予測。
○ 企業(自社)の強み・弱みを加味しながら、進むべき方向/分野、および、取り組むべき研究テーマを提案。
○ 事業企画部門・研究開発部門・知的財産部門が集まる戦略会議の基礎資料を作成。
○ 事業撤退において、知的財産情報に基づいた適切な事業売却先候補を提言。
○ コンテンツビジネスにおける適切な販売戦略を提言。
○ コンテンツの事業展開可能性や収益を生みだす可能性を評価。

このような仕事について、これまでにも偉大な先達はおりまして、例えば、元キヤノンの専務取締役であった丸島儀一教授(現金沢工業大学大学院 知的創造システム専攻 教授)は、もともとはいわゆる権利化担当(リエゾン)から、専務取締役になった方で、経営に貢献する知的財産業務を行ってきた方です。
そして、丸島教授はその著書「キヤノン特許部隊」「知的財産戦略 技術で事業を強くするために」において、知財業務(著書の内容は基本的に特許業務ですが)をどのように行えば、経営に貢献できるかを言語化、見える化してくれました。
このような丸島教授の問題意識を共有した方々が、企業内において知的財産業務を経営に貢献させるべく、試行錯誤を繰り返し、その経験を言語化し、見える化し、その結果、「知的財産」と「経営」を繋げる『知財戦略』という業務が一般的になってきたと思います。
それと同時に、これまで、このような知財戦略業務は、知財担当役員や知財部の部課長といった役職者が行う仕事という面が強かったように思いますが、知財戦略系業務の質および量の増大により、知財担当役員や知財部の部課長を補佐するスタッフが必要となり、知財担当役員や知財部の部課長といった役職者が経営者と経営課題について話をするための準備として、戦略系スタッフ、つまり知的財産アナリストや知的財産ストラテジストが」、各企業の経営課題を認識した上で、その経営課題を改善・解決するために、各種知的財産関連情報の収集・分析・評価・加工をし、企業の戦略的経営に資する情報を提供するという業務を行うようになってきていると思います。
なお、企業によっては、このような仕事もサーチャーや権利化担当(リエゾン)の人たちに必要な能力であるとして、これらの人たちがサーチ業務や権利化業務と一緒に行っているところもあると思います。

ところで、AIPE認定知的財産アナリストは、従来の知財戦略系業務とは少し異なる特色があります。それは、ファイナンスの視点が入っていることです。知的財産の価値評価し、特にM&Aの際の知的財産の価値評価を意識しています。
具体的には、M&Aにおける知的財産デューデリジェンス、すなわち、買収目的とした対象会社の保有知的財産権について、技術的側面、ビジネス的側面、財務的側面、法務的側面からの権利の精査を行います。
ただし、知的財産の価値評価にファイナンスの視点が入っているといっても、あくまで、Evaluation(定性的評価)を行うEvaluatorに必要最低限の知識であって、Valuation(定量的評価)を行うValuatorとしての知識能力までは求められていません。
さすがにそこまでの専門性を持つことは非常に難しいですし、知的財産アナリストという資格が各種専門家と経営者を繋ぐことに重点を置いていることからすると、そこまでは必要ない、ということになるのだと思います。

最後に、今回タイトルに「知的財産アナリスト/知的財産ストラテジスト編」としましたが、私個人としては、ファイナンスの視点をそれなりに重視するのが「知的財産アナリスト」で、ファイナンスの視点をあまり重視しないのが「知的財産ストラテジスト」ということになるかなと、(勝手に)使い分けをしています。
現状、このような切り分けが一般的なものかどうかは分かりませんが、AIPE認定知的財産アナリストという資格の特色を踏まえると、このような切り分けが妥当なように思います*1

結局のところ何が言いたいかと言いますと、知的財産の業務といっても、色々な業務があり、それらに要求される知識・技能・ノウハウは様々なので、サーチャーとかリエゾンとかアナリストとかストラテジストといった言葉による括りだけでは説明がつかないということです。
実際に要求される知識・技能・ノウハウの質はもちろんのこと量も様々で、さらにその組み合わせと言ったら膨大なものになりますので、結局のところ、各人のこれまでの興味や趣味・趣向から生き方までもが、知的財産の業務に反映させることができるわけです。
ですから、特に、学生の皆さん、ロースクール生の皆さんには、一応、サーチャー、リエゾン、アナリスト、ストラテジスト、それからまだご紹介していない知財系法務( or 法務系知財?)という一応の括りみたいなものがありますが、それはそれとして、実際に仕事を始めると、選んだ企業、自身が置かれた場所でしか、身に着けることのできない自分だけのキャリアというか特色を出すことができますので、安易にこれは違うなどと思わずに、仕事に打ち込むことで見えること、そして、身に着けることができる能力というものがあることを(今はまだ実感をもって理解することは難しくても、いつか)理解して頂ければと思います。
就活にあたって、こだわりは大事だし、事前の準備や調査大事ですが、最後の選択は、必ず自分にとって最良の選択だと信じて、迷わず決断することが、幸せなキャリア形成の第一歩になると思います。

<脚注>
*1 このような切り分け・分類は極めて主観的なものです。これに賛同される方は、是非、この切り分け・分類をご自由にご利用頂き(広めて頂き)たいと思います。。。

2015/07/18 追記
<脚注>*1 の下線部分を追記致しました。理由は、『「知的財産アナリスト」および「知的財産ストラテジスト」の名称を自由に使用することを推奨しているように読める。』という趣旨のご指摘を頂いたからです。確かに、追記前の文章では、そのように読めると思います。もちろん、そのような意図ではなく、私が「極めて主観的」と言っている「切り分け・分類」を「ご自由にご利用頂き」たい(冗談交じりに「(広めて頂きたい)」)という意図です。そこで、私の意図を明確にするために、上記のとおりの追記をさせて頂きました。
ご指摘、ありがとうございました。お礼申し上げます。