前回、第7回(新)産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会議事録の紹介をしましたが、その議事録のなかに少し気になることがありました。

第7回議事録は、こちら

何が気になったのかというと、まずは、以下をご覧ください。
○水町委員 先ほど来の意見を踏まえて二、三言わせていただきたいんですけれども、一つ、5回目と6回目の間という話がありましたが、4回目でも5回目でも、私を含め複数の委員から、使用者帰属に対する疑念とか心配が繰り返し述べられてきたと私は思います。特に使用者帰属で一番懸念されるのは、今現行法の中でバランスがとれている、従業者へのインセンティブと企業へのインセンティブ双方を政策の中に取り込んで今の制度ができているという、そのインセンティブのバランスが崩れてしまうのではないか。
<中略>
原則は従業者帰属にしながら、その従業者へのインセンティブもきちんと確保できるような担保ができる場合には、それを確認した上で使用者帰属にするという選択肢にする、その原則と例外をつくる。きちんと踏まえて制度設計するということにしないと、最初から私が申し上げている発明者へのインセンティブと法人へのインセンティブをバランスよく発展させていくことができなくなると懸念しております。

○土井委員 現行の特許法は、発明という知的活動に対する公正な給付を与えるべきだという前提に立っていますから、そこを切り下げるべきではないという議論をずっとしているわけです。

水町勇一郎委員は、東京大学社会科学研究所教授で、労働法の大家。
土井由美子委員は、日本労働組合総連合会経済政策局部長。
いずれも労働者側の立場に配慮した発言をされています。
これらの発言自体は、一般論としては理解できますが、このような発言をされるのであれば、是非お二人に知って頂きたいことがあります。

それは、「特許を受ける権利を譲渡した際に、企業から相当の対価を受け取れる従業員は、ごく一部の大企業の人たちだけ。」ということです。
具体的な数字を根拠として持っているわけではありませんので、正確な数字を述べることはできません。
できれば、特許制度小委員会の事務局主導で調べてもらえるとありがたいと思います。

何故このようなことを言うかというと、もちろんそもそも職務発明制度知らない従業員がほとんどということもありますが、それよりも個人的に、もっと問題だと思うのは、ほとんどの中小企業は、大企業との制作委託契約等において、特許を受ける権利まで含めて、大企業に無償で譲り渡さざるを得ないからです。
もう少し正確に言うならば、「中小企業が、中小企業の従業員から特許法に基づいて特許を受ける権利を譲り受けたうえで、無償で、あるいは、その譲渡対価は価格や委託料等に含まれているとの前提で(もちろん、価格交渉はできません。)大企業に譲渡する義務を負わされている。」からです。
従って、ほとんどの中小企業は、従業員に労働の対価を支払うことができても、発明の対価なんて、それこそ0か、一律数百円から数万円程度しか払えません。
上記のような契約がビジネス上の力関係から認められてしまうと、払いたくても、大企業に(実質的に)無償で譲渡させられてしまうため、払う原資がないのです。

ほとんどの中小企業の従業員は、通常は大企業に比べて不安定な職場環境、かつ、安い給料で、その安いお給料をもらうため、そして自分たちの会社を存続させるために、創意工夫をしていると思いますが、そもそも発明とはなにかが分かっていないことが多く、そのほとんどが公知技術となってしまっていたり、仮に発明とは何かを理解して、特許権が取得できるような発明を生み出していたとしても、大企業と取引のある、たいていの中小企業は、その対価を得ることもなく、実質的に無償で大企業に発明を受ける権利を譲り渡さざるを得ないのです。
従って、何千万円とか何億円とか、そんなレベルの相当の対価のために発明を生み出すなんて、ごく一部の大企業の従業員だけなのです。

改めて、水町委員や土井委員には、考えて欲しいと思います。
従業員へのインセンティブが重要というのであれば、大企業への特許を受ける権利を含む特許権の無償譲渡(実質的無償譲渡を含む)を特許法で(若しくは、独禁法違反として)禁止するように提案して頂けないでしょうか。
その方が、日本にとって、イノベーションが生まれやすい環境になると思います。
現行法の従業員帰属という法制度は、日本という社会全体から見た場合、結果として極めて不合理な法制度になっているような気がします。

~ つづく ~